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波動と健康(2)
*波動との出会い
四国の足摺岬の洞窟で修行をしていた空海(弘法大師)は、ある夜明けに
明星が体内に飛び込むのを感じたという。後に空海は、「五大にみな響き(波動)あり」と喝破している。
今からおよそ1200年前のことです。五大とは宇宙を構成する地水火風空のすべてを指
し、宇宙に存在するすべてが互いに波動をもち調和するように響きあっているという意味
だと解説書にあります。
私が始めて「波動」という言葉に出会ったのは、1990年春でした。
国産第1号の波動測定器LFT(ライフフィールドテスター)が完成したばかりの時でした。
場所は別の用事で訪れた浜松町の技術研究所でした。できたばかりで販売するものがまだ
居ないんだ、君のところでやらないかということで、半信半疑ながら取り組んだのがはじ
まりです。あれからもう12年になりました。
その間、波動測定器・波動転写器などを製作販売してきました。
ときには凄い効果にびっくりし、時には疑心暗鬼になるなど紆余曲折のいったりきたりの
不連続でした。
九州の波動サロンを訪問したとき、若い女性オペレーターに、自信をなくしてませんかと、
見抜かれたことがあります。まさに?眼でした。私にとってオペレーションが億劫になっ
てました。そして年齢とともに測定に向かなくなってくるのかが疑問でした。そのときか
ら、自分で直接の波動測定は控えることにしました。測定リタイアです。
◇人生は魔法の時間だ、ざんげの値打ちも無いけれど(2)
私はサラリーマン時代に異業種交流会「男のいけばな教室」を主宰。その後50歳で脱サ
ラして花屋を開業。そして「波動」に出会って12年。これが私の略歴です。
省みれば、25年の順調なサラリーマン時代より、脱サラ後の12年の方がはるかに波瀾
に満ちた密度の濃い時代でした。非常に個性的な人たちとの出会いが数多くありました。
仕事が変わったり、事務所の位置が変わるたびに、それまでと全く違う人々に出会いまし
た。どうもよくわかりませんが、「場所の波動」「仕事の波動」「人生の波動」があるような
実感があります。
ずっと一貫して変わらない親友達、その都度たびたび変わる友人群。中にはある人を私に
紹介するだけに現れたとしか思えない人も居ます。
道路に白線を引く会社の専務で、元海軍軍人のTさん。13年前にすでに60歳台後半で
した。そのきっかけは忘れましたが、渋谷の「男のいけばな教室」に半年ぐらい参加しま
した。仕事の関係で現場が遠くなり教室を辞めるとき、私たちにこう話してくれたのが忘
れられません。
「いけばなを習ったおかげで、人生が豊かになったよ。これまで道路に白線をひく仕事を
やりながら、道端のちいさな花なんて見向きもしなかった。それが最近では、花がわたし
に語りかけてくるんだ。そんなときは、きれいだね元気に咲くんだよって言ってあげるん
だ。そうすると花が喜んで風にふるえるんだ。
あんな小さな花も僕の出す波動に応えるんだね。
人生って、気が付かなかったけど、面白いことがまだまだ一杯あるなぁ〜。
仕事もそうだ。会社では元暴走族を何人も使っているが、彼らはエネルギーがあるからよ
く働くよ。こっちは彼らの働きふりを認めてやるんだ。
彼らに対する僕の波動を彼らが認めたとき、彼らの仕事するエネルギーにはびっくりする
よ。変に真面目ぶった、なまっちょろいインテリなんざ糞食らえだ。」
Tさん、その後お元気でしょうか。もう一度会いたいな。
病気して半分リタイア気分の現在、30数年前のサラリーマン新人時代の友人から、ふい
に電話がありました。経緯を詳しく述べるのは略しますが、音信不通の永い時間がいっ
きに縮まりました。全くの奇遇です。
どうやらもう一度、立ち上がれと誰かが言っているのでしょうか。
出会いに偶然はないとよく言われますが、私の人生の節目節目に、後から思うと、私にと
って神様だったなと思う人が現れます。今回はきっと彼がそうなのでしょう。
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